実業家と学識者の間の溝について-元日SP「僕らが描く この国のカタチ2014」を見て-

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規範とゲーム
(※上記の写真に特に意味はありません…)

正直きつかった2.5時間

今回のニッポンのジレンマは、元旦SPとして、実業家(実業家の方もおりましたが、社会活動をされている方もいましたね)と学識者(いわゆる研究者)をたくさん集めて、ニッポンの国家論を語り合うという壮大なテーマでした。

まぁ、グダグダでしたねw

国家という、一見実在しているのか概念だけの存在なのか分からないテーマを持ってきたため、各人の言っていることが錯綜してまさにカオス。
見ていて正直フラストレーションが溜まってしまいました。
みんな自分の語りたい語り方しかしないし、説明不足だし…(編集でそうなっていたのかも)
結局まとまった議論と言うよりも、自分はこう思っていますっていうことの応酬なので、議論になってなかった。
ただ意見を表明しているだけというとても残念な結果に。

そのグダグダを何とか、與那覇氏(丁度世代的には論客の中では中間だったためか)が収拾しようと孤軍奮闘していましたが、與那覇氏も学識者のためどうしても学術用語と歴史的背景を語り出してしまい、與那覇氏の語り口はとてもわかりやすかったのだけれど、実業家の方がぽかんとしてしまい、結局グダグダは収拾不可能状態に。
司会者の二人もあんまり口を挟まないし…って、この番組ってこういう自由奔放に言いたいことを気持ちよく語る番組だったっけ?

実業家と学識者の間の温度差

とりわけ目についたのは、実業家の方と学識者の方の温度差というか、溝というか。
学識者が専門用語だったり、歴史的背景を語り出すために、それについて行けない実業家の方が議論に飽きるというなんかとっても酷い現実が。

別に学識者の方を非難するつもりはないんですけれど、もう少しわかりやすく話を分解することができなかったものかと思いました。

もちろん、言葉の問題があり、どうしても正確な言葉を選ぶと難解な専門用語になってしまうというのはよくわかります。しかし、実業家の方は、もっと違うことを考えていて語りたがっているように見えたので、そこまで降りていってもっと実業家の方々の意見を引き出すことができなかったのかが悔やまれます。

でもね、何となくこの溝ってわかるんすよ。
自分は大学院出て、普通に就職した(学問と全然関係無いし、勉強したことを生かせない職場です…)くちなので、この対立的な構造はよくわかるつもりです。

実業家の方の求めている「知」って実践知であって、どうやったら新しいイノベーションが起こせるかとか、どうやったら事業を軌道に乗せられるかとか、どうやったら今まで以上に儲けられるかといった、非常に行動的な知識なんですよね。
しかし、学識者の求めている「知」って理論としての知識、理論知であるわけですよ。理論としての知識は、過去に裏打ちされた、地に足のついた知識なわけです。それはきちんとした文献学的な証拠を積み重ねた、確かな過去の知識によって証明された新たな理論知です。
つまり、実践知に比べると歩みが遅いですし、とにかく述語の正確さを求められる世界です。
その世界の方々(学識者)が話す言葉が、とにかくスピードが重要視される世界の実業家の方々に、共訳的に通じるわけ無いんすよね。

求めている知識の質が全然違うんだもん。
実業家の方って、とにかくやってみて、間違っていたら修正するという方法論で、行動していく知識を増やしていくような人種なので、そもそも知識をため込むことが行動であるような学識者とそもそも知識に対する前提が違うわけですわ。

てか、ビックリしたのは、ソーシャル署名サイトの運営代表者という、「国家的なるものは何なのか、それに対して我々はどうコミットしていかなくてはいけないのか」を考えなくてはならない人すら学識者の言っていることを何一つ理解できていなかったこと…署名を通して動かす対象って最終的には国家権力的なるものだと思うんですけれど…ちがうんかいな。

分断は完全に起こっている

昔は、社会の構成員が何らかの形で政治的なるものにコミットしていた時代だったと思います。
しかし、最近は違う、膨大な情報が存在してそれを処理しなくてはならないわけで、どうしても情報処理のタコツボ化が起こってしまうわけですよね。
実業家は事業に関わる知識しか得ようとしない(それだけで手一杯)、学識者は学問研究に関わる情報収集に追われてしまう(実業家が何を考えているのかと言うことには手が出せない)。
高度に情報化が進んだが故に、どの情報を処理するのか取捨選択をしなくてはいけない、そして一度ある情報を処理すると決めたらそれにかかり切りにならなくてはいけないという現象が、各層の分断を決定的にしているんだと思います。

取り残された人は?

あのテレビ番組の中で、確実に忘れ去れた人々がいます。
それは、情報処理を行う能力が無い、いわば最下層にいる人々。
あのテレビ番組に出ている人は、ある意味情報処理に長けており、それぞれの層のタコツボで必死に情報処理しているわけですが、その情報処理能力がほとんど無い人々もいるわけですよね。
そういう人に国家とか行政は必要なわけで、情報処理能力のある人々が集まって、国家とはなんぞやと語り合ったところで、国家的なるものに頼らなくては生きてはいけないという人々に思いを馳せることができなければ何の意味も無いわけです。

そう考えると、やっぱり、問題設定からして、集めたメンツで語るとグダグダになるのは仕方ないことだったんですね…

各層同士を集めて、議論させるのが一番手っ取り早いだろうけど、各層が予定調和的なことを言って終了しそうなので、それはそれでグダグダしているのとあんまり変わらないか。

ちょっと気になったことが…実業家としていた入家氏って都知事選に出ようとか言ってませんでしたっけ??(結局出馬しないみたいですが)
仮に入家氏が当選していたら、各派閥と調整したり、議員を説得したりできたんでしょうかね…

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