餃子屋にて

家の比較的近所に餃子の満州があります。

会社帰りに時間があって、餃子が食べたい症候群に罹患してしまったときに、その治療のためよく利用させてもらっているんですが、この前見た光景をお名は視させていただければと思います。

ある日、例の病気に罹患したので、餃子の満州に入ったわけです。
結構悩んで「炒飯と餃子」を頼んでいると、一人の年の頃は40代半ばの女性が入ってきました。
だいたいこの店の客層でこの年代の女性と言えば、生活に疲れていて、家では亭主関白といった風情の男性と一緒のことが多いのですが、この女性は一人でした。

まずそのことが自分の目を惹きました。

そして、席に案内されるなり、その女性の口から、驚くべき言葉が飛び出したのです。
「餃子2枚」と。

2つではなく、2枚です。数え方が完璧です。
そして、メニューを見ることなくいきなり餃子2枚の注文。
さらに驚くべきことにそれ以外何も頼まなかったのです。

普通なら、餃子2枚と小ライス、ハーフザーサイぐらい頼んでも良さそうですが、この女性、いやあえて40代後半女子と呼ばせていただきたい、は、餃子2枚オンリー。

この時点で結構驚かされました。

んで、自分の「炒飯と餃子」と同じくらいの時間で、その40代半ば女子、もうめんどくさいので女性を呼ばせていただきたい、にも餃子2枚が運ばれてくる。

すると、さらに驚くべき言葉が、その女性から発せられたのだった。
運ばれてきた餃子を一目見るなり、
「もう少し焼いてください。よく焼きで」
と。

なんだと!?
自分の耳を疑りました。

餃子によく焼くとか、よく焼きとかいう注文の方法があったとは!
つか、餃子のウェルダン!?
この女性できる、何者だ?

この時点で直感的に思ったことは2つ。

  • プロの餃子師
  • 単なる餃子の満州の品質チェック係(オバサンに偽装している)

だが、瞬間的に後者は思考の外側に排除されるに至る。なぜなら、もしこの店の焼き加減が甘かったら、翌日会社に赴き、レポートに「○○店の焼き加減が甘かった。再教育の必要あり」と記載して、上司にレポートとして提出すれば済むはずなのだ。

しかし、この40代半ば女子はそうしなかった。
何故か。
それは、プロの餃子師(自分が勝手に作った単語です)だからである。

そう、そのとき、自分はすべてを悟ったのです。
餃子の世界は、プロの餃子師とプロの餃子作り人の戦いの世界であると。
このような戦いが各所で行われているがために我々は日々美味しい餃子を食すことができるのです。
作り手と食べ手とのガチンコの格闘。それは食うか食われるかの世界!
(※結局食うし、食われるのではあるが)

その世の中の真実を間近で観たときに、もう炒飯の味も餃子の味も忘れ、この場に出会えたという僥倖に、この世を支配する神に、餃子の世界を支配する神に、感謝の祈りを捧げずにはおれなくなり、ひたすら涙しました。

その、40代半ば女子は、よく焼きされた餃子2枚をささっと食べると、颯爽とお会計をしておりました。

その姿、女神のような姿に、店中の男どもがスタンディングオベーションで彼女のお会計~店を出るまでを拍手で送り出すという歓喜の渦に餃子の満州は包まれたのです。

自分の近くにいた太平洋戦争に出兵し、おそらくガダルカナルから転身してきたであろうジジィはそのときばかりは背筋を伸ばし、立ち上がり、無言の涙を流しながら敬礼をしておりました。

奇跡。奇跡です。「その者、青き衣をまといて、金色の野に降り立つべし」です。
まさしく。

それほどまでに彼女の存在は衝撃的なものだったのです。

彼女が店から出て行ってから5分くらいしてから、自分もようやく我に返ったのですが、のどはカラカラ、炒飯はパサパサになっておりました。
それほどの体験を自分はしたのです。
一生忘れられない体験なのです。
その日の寝る前の日記にはこう書かれていました。「今日も良い天気だった」
それほど素晴らしい体験をしたのです。
もし、自分がニーチェで、ここがトリノだったら、鞭で打たれている馬を庇って抱きしめて泣いたことでしょう。それほどの体験だったのです。

と、ここまで書きましたが、スタンディングオベーション以降のくだりはすべて嘘です。

餃子2枚だけ注文して、焼き加減にケチ付けてた40代半ば女子の存在は本当です。
自分があまちゃんなのかもしれないのですが、餃子って焼き加減の注文とかできるんですかね。
粉落としとか、それだと豚肉に火が通ってないから危険なので断られると思いますけれど。
35年間(目撃したときはまだ35歳だったのでね)生きてきて、餃子の焼き加減でダメ出し、焼き直しさせていたのは初めて見ました。
しかも、餃子2枚だけ注文するって言うのもシュールね。

一体あの人がなんだったのか、未だによくわかりません。
近所の満州なのでたびたび行きますが、見かけたのはそれ1度きりです。
餃子の妖精か何かだったのでしょうか。
妖精にしては年取ってましたが…

真相は闇の中です。