ベッドタウンでなんかいろいろ考えさせられた


下町的な

仕事場がとあるベッドタウンにあるのですが…

普通職場って、それなりに会社の集まっている所、つまりオフィス街であることが多いんですが、今いる職場はいわばベッドタウン。
通勤電車では、行きも帰りもガラガラで、逆方向(つまりオフィス街に向かう方ね)の電車は満員電車という塩梅です。

そんなベッドタウンに仕事場があるので、当然お昼なんかはその街にある食べ物屋を利用することになります。
この職場になって、6ヶ月ぐらい経ったのですが、最近になってようやく気づいたことがあります。

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日本がいろいろ心配になってきた

食事をするために町にでる、というか最寄りの駅周辺に行くと、老人しか目に付かないんですよね。
学校はあるので、小中高生はたまに見かけますが、見かけるのはほとんどが老人。
老人か、明らかに職に就いていないでブラブラしている人、あとはその町で働いている人っていう感じ。
老人が半分以上で、あとは学生・無職(おそらく)・仕事人っていう感じです。

お昼過ぎに、駅近くのカフェに行ってサンドイッチとコーヒーでもと思って行こうものなら、ほとんどの席がご老人に占拠されていて、入る余地が無い。
しかも、ご老人、何故か高級ソファー席(2人席なんですけれど)の向かい同士に座らず、2人連れでも、何故か2組、つまり4人分の席を2人で使うという意味不明っぷり。
最初、あまりにも意味不明で不条理だったので、憤りを感じていたのですが、この前謎解けました、ご老人耳が遠いので、向かい合って座ると会話にならないっぽいんですよね。隣同士だと簡単に顔を近づけて会話ができるのでどうしても横に座りたがるという習性みたいです。
しかも、普通の椅子じゃ無く、高級なソファーの方に。

なんかそんな光景をみていたら、昼間のベッドタウンって、町全体が老人ホームみたいなものだなって思えてきてしまい、このまま高齢化社会が進んでいったら日本はどうなってしまうんだろうか。福祉はどうなってしまうんだろうかとか思ってしまうわけです。

先日も、「てんや」で天丼でも食べようとしていると、店に入ってきたおじーちゃんが開口一番「俺は注文したか?」と聞いたりしていてビックリ。
自分のやっていることを認知していないっぽい。
しかも、非常持ち出し袋っていう袋を常時持ち歩いているようだったし…

高齢化社会になると、福祉関係のコストも増大するけれど、普通に発生するコストも増大する訳ですよね。
老人の方にだっていろいろな方がいて、しっかりしている人していない人がいるわけですけれど、どうしたって一筋縄ではいかない方も出てくる、そういう方に対するコストを社会が福祉のコストとは別に負担しなければならないわけで、そういう状況でも収益が上げられる社会形態の構築が待ったなしという状況があるわけで、そんなこと本当にできるのか、という不安があるわけです。はい。
(コーヒー1杯で、席を多く占拠し、延々と話し続けるご老人はお店からしたら、店の回転率を下げる要因でしか無いわけで、全体としてみたらコストですよね。そういった社会形態になったときに、それぞれの産業が持続可能かどうかという不安があるわけです)

もちろん、ご老人に罪はないわけで、ご老人はご老人の「生」を生きてきたわけで、別に不正なことして生きてきたわけじゃ無い人ばかりだと思うわけで、今までの生活の延長線上でこのまま生活していただくということで何ら問題無いわけです。
しかし、そういった方々を織り込み済みのものとして社会システムが構築でき、そしてそれが永続可能なもので、それに対するコストがキチンと捻出できるのか。
そして、それに呼応するように少子化対策などもしっかりできるのか、昼間のベッドタウンをうろちょろしていてそんなことをふと考えてしまった師走でした。

って、最近寒いですね。
朝起きるのが正直辛いです。